児童養護施設から自立した話

児童養護施設出身の筆者が綴る大したことのない日常の話

新規採用〜教諭になりました〜

 

 


私は

ついに念願叶って

小学校教員になった

 


とても指導力のある

素晴らしい先生と同学年になった

正直、かなり大変だった

私の指導はとにかく上手くいかなかった

 


学校の教育というものは

指導している教員の

見た目や雰囲気、話し方、仕草も

指導に影響する

私は

上手くいっている先生のマネを

ひたすら繰り返した

しかし

マネはあくまでマネ

長続きもしないし子どもに響かない

私はとにかく悩んだ

相談もしたが

「よく頑張っていると思うよ。大丈夫。最初はみんななかなか上手くいかないものよ。」

励ましてくれる周囲の先生方

とてもありがたかった

全然ダメダメな私を

こうやってフォローしてくれるおかげで

なんとかこの年はやり切った

 


次の年は

同じ学年を持ち上がった

6年生の担任だった

 


私は、新規採用2年目にして

卒業生を持つことになった

任せてもらったことも嬉しく思ったが

正直不安の方が大きかった

私は自分に出来る限りの事はした

 


上手くいったかどうかは分からない

でもなんとか

なんとか

卒業させることができた

まあ

私でなくとも

日本の小学6年生は卒業できる

しかし

それまでにたくさんの苦労があった

教育は難しい

何が正解で何が間違いか

環境や状況で変わってくる

それを痛感させられた1年だった

 

 

 

私は

子どもたちに対して

申し訳ない気持ちでいっぱいだった

私みたいな未熟者が

大切な卒業学年を

担任したのだから

かと言って

子どもに卒業式で謝るのか?

それは違う

子どもは1年間頑張ったんだ

だったら私も

それ以上の何かを返さなければ

そんな気持ちだった

 


私は

卒業生に手紙を書いた

真面目だった子

ヤンチャだった子

強く注意した子

悲しい思いをさせてしまった子

クラスの子ども一人ひとりに

私からの応援メッセージと

子どもへの感謝の気持ちを綴った

 


そして私は卒業式で

歌を歌うことにした

私ができるプレゼントはそれくらいだ

少しでも思い出に残ってくれたら

それだけだった

 


いろんなミュージシャンの卒業ソングを

聴きまくったが

いまいちピンとくる曲がなかった

小学校6年間の思い出にしてほしい

そのためにはどんなものがいいか

 

 

 

 


あ、いいのがないなら、作ればいいんじゃないか?

 

 

 

私は高校時代を思い出した

私自身ができたこと

そういえば

前任校でもギターを弾いたな

やはり

私にはこれしかない

 

 

 

卒業は終わりではなく

ただの通過点に過ぎない

長い道の途中だから

立ち止まったり振り返ったりしながら

ゆっくりと自分らしく歩いてほしい

そういう気持ちで曲を書いた

卒業式前1週間は

夜遅くまで手紙を書き

歌詞を書きメロディーを考え

コードをつけて書き直して

ひたすら繰り返していた

 


迷いはなかった

私は

他の先生に相談することもなく

ただ1つ思い出をプレゼントするためだけに

作曲した

 


作った曲は

卒業式の前日に

子どもの前だけで歌った

歌詞を配り

気持ちを伝えた

私は明日の卒業式で

みんなに頑張ってほしいと伝えた

子どもたちは

「卒業式の日に歌ってください。」

だった

 


私は正直

この曲に自信はないし

子どもの思い出になればと作っただけだった

しかし子どもの希望とあれば

歌わないわけにはいかない

その晩何度も繰り返し練習した

 

 

 

 

 

 

卒業式当日はあまりよく覚えていない

感動的なエピソードも

先生らしい言葉も

特に言う事はできなかった

そのくらい緊張もしていた

その代わり

1週間睡眠時間を削って

推敲し続けたこの曲が

1つの教室でこだまして

ギターの音色が拍手へ変わった時

私はやっと

「ああ、頑張ってよかった。」と

救われた気持ちだった

 


上手くいかなかった指導

毎日思い悩んでいた

どうやればいいか試行錯誤した

それでもダメだった

自己肯定感は地に落ちて

転職を考えたことも何度もあった

 


それでも

ここまでやり切った気持ちが湧いたのは

私が本気で

子どものためだけに

1つのことを成し遂げたからだ

 


学校現場は

しなければならないことが非常に多い

指導の仕方も決まっていたり

それを考慮しながら

自分の裁量で進めていくことが必要だ

経験が多ければ多いほど

有利になるだろう

 


それでも

たった1つ

「いい思い出にする」という

目的に向かって邁進した結果

子どもはしっかりと受け止めてくれた

 


私は

忘れていた何か大切なことを

再確認させられた

そんな気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


その次の年

またもや6年生を担任した

新採から3年間で2回も卒業生を任された

有難いことだ

 


たった3年間だったが

いい経験をすることができた

教員は

難しくきつい仕事だが

それなりにやりがいがある仕事だ

そう感じた

 

 

 

 

 

 

ちなみに

2回目の卒業生にも

別の曲をつくりました

キツかったけど

楽しかったです